生命の価値を見いだすこと

生きることは刹那的だと理解できれば、今の自分を精一杯生きることになるのです。
人生を考えると日々目先に追われた問題があたかも人生の最悪と思えるのです。
しかし、今の問題は自身に課せられた問題であり、自分で何らかの処置を施さなければならないのです。
既に数十年生きたけれど、過去を振り返ると一瞬の思い出となり、辛く楽しい時間の記憶が脳裏に宿るのです。
人生80年程度であれば、肉体が誕生してから老化していき、それまでの経験から培われた知識はかけがえない経験として受け止めなければならないのです。
煩悩から始まり、煩悩を抑止しながら人は成長するのです。
だからこそ先人が数千年に渡り言い伝えたものを再度見直す必要があるのです。
生きる意味とは一体どのように受け止めなければならないのでしょうか?
何故、人は生まれないといけないのでしょうか?
そんな疑問から始まり、今を生きることへの意味を見出していくならば、魂を成長させることが我々の課題と仮に定義付けしたのであれば、魂を成長させる為に次元の高い方々は、数十億年以上かけて我々の魂の成長の為に地球を創造したと考えるべき視点となるのです。
我々の魂の成長を促す土壌を数十億年かけて作り、今の苦しみや悲しみを与えて、また喜びや幸せや愛念を与える為に我々に地球と言う星を作ったのです。
何と神さま(次元の高い我々には見えない存在)は慈悲深いのでしょうか?
我々の幼い魂をわざわざ数十億年かけて地球を作り出し、さらに愛念を教える為に素敵な緑に囲まれた地球、綺麗な水に埋め尽くされた海、輝いて光る太陽、朧げに輝くお月様、昆虫や爬虫類、魚や動物達も全て、神さま(次元の高い我々には見えない存在)が創造された我々魂の為に創りだされたと考えると、今の苦しみは全て事前に準備された苦しみであると理解が出来るのです。
生命が尽きることはとても悲しいですし、生命は一瞬であるからこそ、我々はこの辛い日々を感謝しながら受け止めていく必要があるのです。
単に運が良いとか、占いだとか…もちろん未来がどのように変化するのかを観るに必要な指標となりますが、やはり今の自分が常にベストな状態でなければ未来を変えることができないのです。
ベストの意味は常に善なる気持ちであることを指しており、邪念に満ちた魂では神さまからのご慈悲を給わる事が困難であるのです。
常に周りに気を配り、周りを明るくして、発展的な言葉で毎日を送る必要があるのです。
悲しみに満ちた言葉や妬み、恨み、憎悪といった意識で満ち溢れた魂を見て、神さま(次元の高い我々には見えない存在)からすれば「あ〜そんな下衆な魂ではいけないなぁ…もっと愛念に満ちた魂ならば素晴らしい世界に運んでいくのになぁ…汗」と嘆いているのです。
もっとマクロ的な視点から物事を観れば、辛い事や悲しい事は一瞬の出来事であり、今の試練をどのように思考パターンを変えて、発想を変化させていく必要があるのです。
そして自分の存在を特別なものとして考えるのです。
人の生命は同じ価値があり、名誉あるものや財を成した人が全て偉い訳では無いのです。
もし生活苦であれば如何にその今の状況から未来を見出していくがが大切であり、神さま(次元の高い我々には見えない存在)からすれば、苦しい精神状態から気付きがあるとおっしゃっているのです。
だからこそ今を前向きに考える必要があり、妬みや恨みなど他人の足を引っ張るような考えは魂の成長を自ら阻害させてしまうのです。
いつか人々は元ある場所に帰依する事を目的としており、今は過去の己の犯した結果からなる環境であるのです。
辛い事を克服する事が業(自分が犯した罪)を解消する唯一の手段になるのです。
これは宗教観では無く、宇宙の法則、自然界の法則でもあるのです。
魂に見合う場所を提供されているのです。
そう考えることこそ我々が生命を宿した意味を知る気付きになるのです。