辛いからこそ意味がある

人生は刹那によって記憶の中に残存した状態で人生を全うするように仕組まれており、その時その時の苦しみや悲しみは悲痛なほど永遠に続くのかと思うのです。
しかし、今振り返ってみるとあの時は辛かったと過去の出来事の様に感じる事となり、辛い事や悲しい事は過去の1ページに過ぎないのです。
その1ページに残る意味こそ、自分の魂の成長の証なのです。
楽しい思い出よりも、辛くて大変な経験の方が記憶として鮮明に残り続けていくのです。
生まれて来た意味がこの過去の記憶から見出されるのです。
人は辛い経験をして、成長していくことを意味しており、過去に起きた辛い出来事をいつも心の記憶として残し、永遠に刻み続けていく事から魂が磨かれていくのです。
パッピーな毎日で裕福な生活が単に良い人生ではなく、辛い経験を幾度も乗り越えて来た回数が多いほど、人格に深みが増し生まれて来た事の使命を全う出来るのです。
いつしか人は生まれ変わりを必要としない状態を目指し、新たな次元に移行出来るその日まで、繰り返される毎日を過ごしていかなければならないのです。
我々は余りにも魂が幼いのです。
高次元にいる世界の人から見ると、溜め息混じりの言葉になり、何故無益な事をいつまでも追いかけているのか?と意気消沈している状況なのです。
愛念を持つ事をしないこの地球上の世界で繰り広げる下衆な考えはもうお終いにしなければならないのです。
争いほど愚かなものは無いのです。
無駄な意地や欲は自身の成長の妨げとなり、人生をより良くする為の糧にはならないのです。
愛念を持ち人に生きる人生こそ、知らず知らずのうちに自身の成長に繋がり、二度と生まれ変わる事の無い、5次元以上の世界に移行することが我々の生まれて来た意味としてお伝え致します。
最終的な目的を果たすために前向きに明るく頑張るしか方法は無いのです。