より高度な次元を目指す世界

コロナが長引き、今後の取り組みを模索されている方は多々いらっしゃるかと思いますが、宣言解除によって経済の回復が元通りになるとは保証がないのです。
生活形式も変わり、今まで当たり前であった生活の概念が変わり、人は日常でも人との接触を敬遠する姿勢になるのです。
企業はコロナ対策を指示する格好となり、宴会や外出での素行までも気をつけるようにと意識付けるようになり、また自身の素行がコロナによって世間の目を気にするようにもなり、怠慢な社会活動の制限を自身で課す結果となるのです。
外食が悪いのでは無く、外食をしても人との接触や感染を防ぐ事が個人意識の中で当たり前となり、諸外国よりも気を使う日本人には、自制と言う概念が定着するようになるのです。
よって、生活自体も他者とのやり取りにはsnsが中心となり、コミュニケーションの主がネット中心の世界観となり、他者との関わりをコミュニティを通していく事が当たり前となるのです。
リアル対応もリモートでのコミュとなり、他者との関わりを敬遠する生活形式と成り代わるのです。
しかし、全てがリモートやネット上だけでは不可能な場合も多岐に渡り求められるのですが、人が人を信用する際に必要な事は実際に会った場合に発生するものであり、恋愛や結婚などは実際に相手とのリアルなやり取りからなし得るものであるのです。
互いに信用を構築するためには、リアルな面談から始まり、コミュを形成すればする程、後々のリモートの信憑性が増し、時間や距離も超越したお互いの存在価値を認め合う事に至るのです。
人を信頼信用するには、一時的にも同じ空間や同じ作業など互いに補い合える関係性が大前提となり、後々の信頼信用の基盤となる事を意味しているのです。
三次元世界には空間と時間が重なり合い、互いに肉体を通じて五感や表現、表情を織り交ぜ合わしながら信頼度を高めていくのです。
よって人間が生きる上では必ず、対人間がリアルに繰り広げられる世界観は常に必要であり、バーチャルだけのネット社会だけでは必ず人類の破綻に繋がる以上に、人間が肉体を持って生まれて来た意味が全く無くなるのです。
肉体を持って生まれて来たことは、全て肉体を通じた経験により達成する新たな価値観を得る為のものであり、肉体が無ければ魂の成長は無いのです。
ネット中心社会に依存した我々は利便性を追求した結果として、知性を駆使した結果に過ぎず、単なる生活インフラを形成したに過ぎないのです。
必ず人間は魂の成長に不可欠な要素として、肉体や脳への衝撃を与え続けるのです。
衝撃とは三次元世界で繰り広げられる、他人同士のやり取りや出来事から見る感想から自身の考えの在り方を改めて見直し、価値観を変えていく相互作用による人格形成となるのです。
人が生きることはとても大変であり、苦悩を伴うものであるからこそ、死ぬまで魂に影響を与え続けるのです。
だからこそ、人は大人になってより高い次元へと高度を上げていく事が求められるのです。