本来あるべき人間の姿

今日の1日はもう戻る事は無く、良い思い出があったのか?悪い思い出だったのか?を日々繰り返しながら生きているのです。
それは時間と言う経過する時の中で味わう人生に直面した苦悩や苦労、楽しさや嬉しさはこの三次元でしか味わう事ができない産物なのです。
また、その喜びや悲しみを他人と共有できる世界でもあるのです。
その世界の中で我々は日々成長していく姿を天はいつも見守っているのです。
では我々が今生きている三次元の世界で共有していきながら得るものとは?を考えると精神の在り方を問われているのです。
精神の在り方とは?それは魂がどの様な善なる精神の持ち主であるかが問われているのです。
この世界には70億人もの人格が溢れており、その人格は様々か価値観を持ちながらも同じ人間として共存共栄していく事を天は試しているのです。
よって我々が目指すべき姿は三次元で留まる事をさせないように人類の進化と共に魂をも成長を促していくように仕向けられているのです。
結果として地球上で上手く生きていく為には、シンプルに素直に行動したり、喜びを分かち合ったり、困っている人を助けてあげたり、平和な心を持ち他人を労り労う行為でなければならないのです。
人が生まれてきた理由は上記の理由からなるものとしてではなければ、説明がつかないのです。
説明して自身が納得するためには、上記の精神の持ち主でなければならないと理解せざるを得ないのです。
全く真逆の精神であれば一向に次元上昇となる魂の導きにはならず、いわゆる六道輪廻から解脱する事が一生かかっても不可能な世界になるのです。
我々が目指す場所は次の次元、五次元の住人にならなければならないのです。
肉体から離れてしまえばただの四次元世界の住人となり三次元との行き来が一生続き、極楽浄土や天国といった世界には到達出来ないのです。
次に我々が目指す世界こそ五次元世界の住人にならなければいけない使命とも言える存在に変わるのです。
五次元世界は全て愛念に満ち溢れた世界であり、争いや悲しみを一切生まない世界に一生留まる事となる魂であるのです。
よって三次元への未練すら無く、もう生まれ変わる事が無い世界に我々は到達する事を目指していかなければならないのです。
世界は次元上昇のために用意されたものとして、納得して生きて魂の向上に努めなければならないのです。
愛念を知り、愛念を持って人と接していかなければならないのです。
それが本来あるべき人間の姿なのです。
