地球に感動する事への感謝
何故人は感動するのでしょうか?地球上にはありとあらゆるものら人間が誕生させたのでは無く、生物や植物、気候や資源など全てが地球上から誕生したのです。
例えば薔薇の花は誰が作ったのでしょうか?
単に品種改良した人が考えましたなどと言うような人間様が偉いみたいな発想では無く、地球が誕生して太陽のエネルギーの生成からなる生物の誕生であるのです。
創造した植物のデザインは誰が考えたのでしょうか?
あんなに綺麗に真紅の薔薇の華を見て人間は魅力されてしまっているのです。
これを地球が作った、土壌で作ったと考えてみれば、私は紙を使って同じようなデザインを見て同じような薔薇の形に近い模造品は見て作る事が出来るかもしれませんが同じものを人間が誕生させる事が出来ないのです。
更に雄蕊と雌蕊を授粉させて新しい薔薇を作ると言う事は人間の力では出来ないのです。
遺伝子の素を作ったのは地球であり、遺伝子を組み替えたりしたのは人間なのですが人間は薔薇を誕生させる事ができないのです。
薔薇を見て絵を書いたり薔薇を使って香水を作ったりは出来ますか薔薇を創造した訳ではないのです。
他の植物も同じく人間が創造したのでは無く、人間が培養したくらいなものなのです。
人間も素は地球から生まれた生物なのですから地球から誕生させてもらえた事に感謝する必要があるのです。
何故感謝かと言うと感動を生む為にわざわざ天が我々に肉体を与え地球の3次元の存在にデザイン、アートとも言うべき人間が作る事が出来ないものを創造して我々はそれに感動しているのです。
綺麗な華たちも様々な種類がありますが、自然の中で何億年をも時を経てデザインされた華と言う存在を創り上げたのです。
違う生物や植物も然り様々な形態を作り上げたには全て地球なのです。
だから地球自体が全てアートの素となる誕生の元素があり、素晴らしいと感動させる為に人間を作り上げてわざわざ我々を誕生させ感動を与えようと年月を使い魂を転生させてきたのです。
手の込んだ仕組みを3次元の世界から感動を生んできたのです。
人間に感動と言うものを与える事により魂に焼き付けて更なる感動を我々に与えようとしているのです。
土があったから植物が生まれ、人間が土を作った訳では無く地球が土であり、植物であり、動物であり、人間なのです。
地球イコール人間であり、人間は地球から生まれた存在である事を受け止めなければならないのです。
そのように地球から誕生した我々だと強く認識していけば、今ある様々な自然破壊をしている人間が愚かに感じるのです。
森林伐採、プラスチック廃棄、不法投棄、CO2など地球が我々生物に感動を与えてくれているにも関わらず自然を破壊する、地球を痛めつけるような事をしているのです。
朝日を見て綺麗だと感じたり、空を見て美しいと感じたり、優雅に飛ぶ鳥たちなどの感動が日常的にあり、感動がリアルタイムに我々の視覚から映り込んでいるにも関わらず、地球に感謝する事に気付けていない人間たちがいるのです。
地球は全人類に感動を与えている代償が地球汚染や破壊なのです。
これを理解した時に人間とは身勝手だと言う事に気づくべきなのです。
人間に転生して五感を得た意識体は素晴らしい地球の自然から感動を得ているにも関わらず平気で破壊をしているのです。
桜は綺麗で季節の春と言う気温で言えば20度以上から1年に1度しか咲く事が出来ない理由はなんなのでしょうか?
何故、桜は一瞬の華を咲かせて散るのでしょうか?
人間はその様子…一瞬の優雅に咲く華に感動をするのです。
桜が咲きそして散る…一瞬に感動を与えて貰った事に感謝出来なければ美しい桜を生んでくれた地球に申し訳ないのです。
昆虫たちは華の蜜を頂いており感謝の意を伝えています。
昆虫は華の蜜を頂いた代わりに花粉を他に運んだり、華に危害を加える害虫を食べたりして共存を図っているのです。
このように自然界には持ちつ持たれつの関係が成立しており、ここに相互関係の役割が成り立ち自然界が上手く機能しているのです。
人間も自然界に沿った取り組みとして資源を大切に扱う必要があると感じるのです。
こんな素晴らしい視覚的に美しい景色を与えて貰っているならば人間も地球に恩返ししなければならないのです。
それこそ本来あるべき当たり前の行為として我々は考えていくべきなのです。